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「なんでいつも帽子なんか被ってるんだよ」
「大輔君こそ、いつもそのゴーグル付けてるじゃないか」

授業中でも、とタケルは付け加えた。「僕は学校では被ってないよ」「う…」大輔は言葉に詰まった。大輔は助けを求めて辺りを見回す。丁度そこには賢しかいなくて困ったような笑顔を向けられた。




母親に良い感じの人がいる。

そんな事は前々から感じていた事だ。子供として、母親が新しい幸せを見つけてくれる事は凄く嬉しい。嬉しいけれどやっぱり内心は複雑だ。
近くに住むようになって無理だと分かっていながらも、かすかに心の何処かで抱いていた希望は完全に消えてしまう。
新しい父の手前、父親に会いに行きづらくなるかもしれない。お兄ちゃんも。
本当は母親の再婚なんて嫌だ。―――そんな事言えないけど。

ぴ、と電子レンジのスイッチを押した。
母親は今日も遅い。晩ご飯は秋の新商品のコンビニ弁当だ。少しだけど松茸も入っている。低価格なのに。
弁当を暖めている間、タケルはテーブルに突っ伏した。
母親は作家という職業柄、取材旅行等で不在がちだ。丁度軌道に乗ってきた頃で、毎日忙しそうだが充実している。
寂しい、とはたまに思うけどパタモンもいる。なにより慣れた。
タケルは人に依存しない子供だった。
それは幼い頃の経験から身に付いたものである。
自分の行動が他者に深く影響を及ぼすのを(悪い方向で)知ってしまった。

あのときもっと大人だったら。
あのときもっと力があれば。
あのときパタモンと喧嘩しなければ。

(そうしたら両親の仲を上手く取り持てたかもしれない)
(そうしたらエンジェモンを助けられたかもしれない)
(そうしたらあのデジモン達は今も笑っていられたかもしれない)

今の冒険でもタケルは傍観者に近い。
ただ、眺めているだけだった。


「おい、タケル!聞いてんのか?」
「…聞いてるよ。いいんじゃないかな、それで」
「よっしー!決まり。良いよね、ヒカリちゃん」
「うん。みんなも異論はないよね?」

こくり、と一乗寺と伊織が頷いた。大輔はまだ訝しげな顔でタケルを眺める。

明らかにタケルは今までの話を聞いていなかった。断言出来る。朝からぼんやりしていたし、視線もどこか遠くを見つめてまったく動かない。
一応相づちをうったりしているが、絶対頭に入る筈がない。
そんな大輔の視線に気が付いたのが、タケルが大輔の方に振り向いた。
目が合う。にこり、とタケルは笑ってみせた。
大輔は体中に鳥肌が立つのを感じた。気持ち悪い気持ち悪い。タケルの笑顔はどこか苦手だった。作り物めいているのだ。あの容姿のせいでもあるかもしれない。
大輔の中でタケルは訳の分からない生き物に分類される。
常に笑顔で、泣きもしないし怒りもしない。とにかく凄く気持ち悪い。
感情をすぐ表に出す大輔には理解できない。
タケルは実は機械だ、と言われても大輔はあまり驚かないような気がした。あーやっぱり、と言ってしまいそうだ。

だからあの、一瞬だけ見せた苦しそうな表情は幻覚だ。
何故かその日、大輔はタケルから目を逸らすことができなかった。



ちーん、と電子レンジの音がなった。
弁当が出来上がったらしい。でも、取りに行くのがだるかった。
頭がぐるぐるする。もしかしたら風邪を引いたかもしれない。「パタモン、」と呼ぶとすぐにパートナーは来てくれた。そんな事にタケルは嬉しくなった。

「なーに、タケル?」
「電子レンジのお弁当食べて良いよ」
「え?タケルは?」
「僕はいらない。疲れたから寝るよ」
「タケル!」

のろのろ、と動き出したタケルの額にパタモンの手が触れた。熱い。

「熱い…」
「あはは、これぐらい平気だけど念のために早めに寝るから」

心配そうなパタモンを振り切ってタケルはベットに倒れ込んだ。
ぐるぐるぐる。世界が回っている。だから余計な事を今日はたくさん考えてしまうのだ。お兄ちゃん。お母さん、お父さん。

寂しい。またその言葉は喉の辺りで止まってしまった。



唯一無二の親友に昔から憧れていた。
それは兄の影響が大きかったのかもしれない。

数年前の夏休み、タケルは壮大な冒険を体験した。
大人のいない、誰も何処か知らない場所でサバイバル。
一番幼くて、ただ足手まといにならないようにするのが精一杯だったあの頃。
タケルはずっと兄とその親友―――太一の背中を見ていた。
いつか、いつか、自分にも。そう夢見ていた。

だけど、現実は上手くいかないものだ。

太一さんみたいだ、と思った大輔君の一番の親友は一乗寺君で僕はというと冒険の一番の経験者という事でなんだか敬遠されてるような気もする。
そりゃあ、昔に比べればいつでも家に帰れてあったかいご飯にふかふかな布団で眠れてデジモンも殺す必要なんかない今回の冒険はちょっと優しいかもしれない。もちろん、こっちもこっちで大変だけど前の冒険の親にいつ会えるか分からない寂しさとか、心細さがなくて随分楽だ。

僕はみんなに気が付かれないようにそっとため息をついた。でも、頭の上にのっていたパタモンには気づかれたようで「タケル?」なんて心配そうに声を掛けられる。

「なんでもないよ」
「そう?タケル最近疲れてるでしょ」
「僕は大丈夫だよ。それより疲れてるのはパタモンの方じゃないか」
「うーん、まあ…」

パタモンは小さな口を思いっきり広げてあくびをした。それに僕もつられてしまってあくびがでた。最後尾でよかった。大輔君に見つかったら「真面目にやれよなー」ってなんだか怒ったように言われるしヒカリちゃんなら「またタケル君寝てないの?」って五月蠅く心配されるのがオチだ。心配されるのは嬉しいんだけど、ヒカリちゃんにされるとなんかなあ。心の奥まで見透かされているようでちょっと居心地が悪い。ヒカリちゃんが僕の事をよく分かるように、僕もヒカリちゃんの事がよく分かるからお互いさまなんだろうけど。
僕とヒカリちゃんは凄く似ている。怖いくらいに。

今日はデジタルワールドの見回りを兼ねた探索だ。
僕やヒカリちゃんはともかく、大輔君達はあまりデジタルワールドの事を知らない。
様々な事に追われてこの世界をゆっくり歩き回ることなんてめったになかった。

「お!?なんだあれ!遊園地か?」
「本当だ…」

「えーー?うっそー何処何処?」
「観覧車、」
「デジタルワールドにこんな物があるなんて」

口々に皆が感想を述べた。パタモンと僕は顔を見合わせる。
見覚えがあった。
デジモンカイザー等の騒ぎで無くなってしまっていると思っていたけど、当時と変わらない様子でそれはそこに存在した。

「懐かしいな…」

思わずそんな言葉が口から滑り落ちた。苦い想い出もたくさんある場所だ。ピコデビモンに騙されたり、パタモンと喧嘩したり、お兄ちゃんを疑って太一さんの弟になりたい、と言ったり。「懐かしい?」遙か前を歩いていた大輔君が僕の方を振り向いた。地獄耳だなあ、と僕は思ったけど声には出さなかった。皆、僕の方を興味深そうに見つめている。

「前の冒険の時、ここで遊んだなーと思って」
「遊んだ?太一先輩達からそんな話聞いたことねーぞ」
「だって、遊んだのは僕だけだし」
「え?」
「どういう事?」
「太一さんが行方不明になってみんなばらばらになっちゃって、お兄ちゃんも居なくなってパタモンと喧嘩してたしね」

「あの時は、本当太一さんが戻ってきてくれてよかったって思ったよ」

懐かしいな、と僕は思った。みんなはへー、とかふーん、とか相づちをうっていた。
何気なしに「そういえば、此処で太一さんに僕のお兄ちゃんになって!ってお願いしたっけ」と呟いたら大輔君ともう一人から睨まれた。多分ヒカリちゃんだ。

「遊んでこーぜ!」
「賛成っ!」

こういうのが好きそうな大輔君と京さんは弾んだ声を上げた。伊織君が「でも…」と渋っている。あの頃の僕と同じ年ぐらいなのにしっかりしてるなぁ。

「たまにはいいんじゃないかな、こういうのも」
「タケルさん……」
「一乗寺君もそう思わない?」
「え…そ、そうだね」

一乗寺君はぴくり、と肩を強ばらせた。伊織君との仲は良くなったものの、僕と彼の関係はよく分からない。僕は、普通に接してるけど一乗寺君は妙に緊張しているみたいだ。まだあの時の事をひきずっているのかな。僕としては殴ったことは忘れて欲しいくらいだ。少し暗黒の力に呑まれてしまった時の事だし。

「ヒカリちゃーん!」
「大輔君…?」

ふと、先に遊園地に向かった大輔君の声が響いた。
僕はそちらに顔を向けると大輔君はおおきく手を振っている。

「動かねー」
「えー」

僕は思わず走って大輔君達の所へ駆け寄る。
電源を入れる装置は見事に壊れていた。


私の王子様。
金髪で格好良くて肌も真っ白で、綺麗で笑顔がとても優しくて気遣いを忘れないし女の子にもとっても優しい。
まるで映画とかテレビから飛びてて来たような王子様。
そんな人が今、私の目の前にいた。
紅茶を飲む仕草もとっても優雅で絵になりそう!私だけを見てくれる私だけの王子様がこの人だったらいいのに。
と知香がそんなことを考えていたら、トーマは戸惑った表情で知香ちゃん?と話しかけてきた。

「あ、どう?おいしいかなあ」
「うん。凄くおいしいよ」

にこり、と微笑むトーマの後ろには薔薇が似合いそうだ。

「本当!?マサル兄ちゃんは、凄い微妙そうな顔で飲んでたから・・でもよかった」
この前知香が、実験台としてマサルに紅茶を入れたとき不可解な顔でう、上手いんじゃねえか・・・多分、と答えたのだ。
精一杯気を使ってくれたのは分かるが、嘘が下手くそなのでバレバレだ。

「そうなんだ、確かに彼にはこの味は合わないかもしれないね」

くすり、とトーマは先程とは違う表情で笑顔を浮かべた。
今度は後ろに向日葵とかそんな花が似合いそうな笑顔だ。素直な笑顔、という感じだ。
知香はこっちの笑顔の方が好きだった。そしてそれは知香の知る限りマサルの話題をしている時に出る笑顔だった。
知香の二度目の淡い恋は初恋の相手によって阻まれたのだ。

「そろそろお兄ちゃん帰ってくると思うから、もうちょっと待っててね」

トーマはまたあの笑顔で笑った。
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