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学校に行きたい、という理由でスザクが休暇届けを提出したら二つ返事で職場から追い出された。ロイドはあまり表情が変わらないから分からないが、セシルの心底嬉しそうな笑顔にユーフェミアは「愛されてますね」なんて笑った。戦場でユーフェミアと出会ってから、スザクの生活は一変した。戦闘に出ても殺さないように、と今まで心掛けてきた事なのにユーフェミアが死んでから忘れていた。それを、再びそのユーフェミア自身がスザクに思い出させている。不思議な事だった。スザクの部屋にまで付いてくるので、スザクは一応男として困ったが夜はユーフェミアは何処かに消えてしまうので(上の世界に戻ってエネルギーを補給しているらしい)プライベートは守られている。なんとも奇妙な関係だった。
休みを貰えてすぐ、スザクは制服へと着替えて学園へと向かう。歩幅をユーフェミアと会わせてスザクは歩く。悪魔だというのに、ユーフェミアの移動手段は徒歩だ。たまに羽を使って浮かんでいるが基本歩きらしい。時間はもう放課後だった。授業は受けれないけれど生徒会のみんなに会う?と聞いたらユーフェミアは嬉しそうに頷く。叶わない願いだと思ったのに、ユーフェミアをみんなに会わせる事ができる。不思議だけど、幸せだった。


「こんにちは」


生徒会室の扉を開けると、驚いた複数の顔がスザクに向けられた。スザク、と名前を呼ばれるとそれに向かって笑顔を返す。そういえば、学校に来たのは特区事件以来だ。気を使ってくれているのかもしれない。視線で「大丈夫か」と聞かれて、スザクは出来る限りの笑顔を浮かべた。今はもう大丈夫だ。ユフィがいる。すると皆安心したようで「久しぶり」と声をかけてくれた。いい人達でしょ、とユーフェミアに声をかけようとするがどこか様子がおかしい。きょろきょろ、と所在なさげに辺りを見回している。どうしたの、と目線で問いかけると「ルルーシュ、」とユーフェミアは小さく呟いた。
どうしてルルーシュの事を。スザクは思わず硬直してしまったが、すぐに今はそんな事は関係ないんだ、と考え直す。どこでルルーシュの事を知ったのかは分からないけど(この前の学園祭かもしれない)彼女達は血の繋がった家族だった。生徒会室にはミレイ、リヴァル、シャーリー、ニーナの姿しか見えない。カレンは黒の騎士団で欠席だろう。じゃあ、ルルーシュは?誰かに問いかけようとすると、目当ての名がリヴァルによって紡がれた。


「あ、ルルーシュ」


スザクが扉の前に立ちはだかってしまっていたので、ルルーシュはその場で立ち止まることになる。スザクも声に反応して振り返ると、大きな瞳をめいっぱい見開いているルルーシュの姿が見えた。左目は何故か眼帯で覆われている。疑問に思う前に、スザクはルルーシュの視線の向きに気が付く。スザクの隣。

「……ユフィ」
「え?」

スザクは思わずルルーシュの顔を凝視する。まさか、ユフィの事が見えるのだろうか。何か既視感を感じたような気がしたが、そんな事はすぐに頭の隅に追いやられた。ルルーシュの隠されていない右目からぽろり、と涙が零れたからだ。それに驚愕しているのはスザクだけではなく、後ろの生徒会メンバーも同様だった。

「るるるーしゅ?」
「どうしたの!ルルちゃん!?」

呆然としているスザクとユーフェミアを文字通り通り抜けて、ミレイとリヴァルはルルーシュを生徒会室の中へ引っ張り込んだ。イスに座らせて、落ち着かせるように言葉をかける。しかし、ルルーシュの瞳は一点に向けられて動かなかった。

「……ごめん。俺の、せいだ」
「え?」

リヴァル達はルルーシュの言葉が理解できないという風に首を傾げる。だが、スザクにだけは全体像が把握できた。ルルーシュの視線の先にはユーフェミアがいる。なんで謝っているのかなんて分からないけど、ルルーシュはひたすらユーフェミアを見つめていた。


「ルルーシュ、泣かないで」
「ユフィ、ごめん。いや、謝ってすむ事じゃないな」
「ルルーシュ、この左目が?」

ユーフェミアは左目に触れるような動作をする。眼帯に隠されていて、左目の全容は見えない。

「……ああ。左目を抉り出すぐらいは、するつもりだ。こんな事で許されるとは思っていないが」
「え!?」

抉り出す、なんて物騒な言葉が出て生徒会メンバーは驚いて目を見開いた。リヴァル達にしてみれば、ルルーシュは誰と話しているのかも分からないので不可解極まりないだろう。

「そんな事、私は望んでないわ。ルルーシュ、私ね、」


ユーフェミアが続けようとした時、可愛らしい声が言葉を阻む。



「何かあったんですか?」
「ナナちゃん!」
「ナナリー!」

シャーリーとユーフェミアの声が重なる。だが、ユーフェミアの声はスザクとルルーシュにしか聞こえないので、皆にはシャーリーの声しか聞こえない。筈、なのだけど。
ナナリーはん、と唇を引き締めた。そして、不思議そうに辺りを見回す。ナナリー、と一番近くにいたスザクが問いかけるとナナリーは眉を顰めながら声を発した。

「ユフィ……ユーフェミアさまが来てるんですか?」
「……なんで、」

なんで、分かるの?と続けようとしたスザクの声は最後まで聞かれることはなかった。困惑しているスザクをよそにリヴァルは「そんな訳ないっしょ」なんてナナリーの冗談(と捉えたのだろう)に笑っている。他の皆も同様で、ニーナだけがキーボードを打っていた腕を止め、揺れる瞳でナナリーを見据えている。

「私が、分かるんですか!ナナリー!」
「ユ…ユーフェミアさま?なんでここに?まさか、お兄さまが連れてきてくださったんですか?」
「そうよ、ナナリーに会いに来たの。また会えてよかった」
「私もです。学園祭に呼ぼうって思っていたんですよ。お兄さま、ありがとうございます」
「……ああ」

ルルーシュの声はやや涙声で澱んでいた。スザクは確かにユーフェミアと会話しているナナリーに驚愕し、生徒会メンバーは奇異の目でナナリーを見据えていた。そう、だってユーフェミア皇女殿下はついさっき死亡したことが正式に発表されたばかりなのだ。しかし、スザクは自分(とゼロと不思議な少女)以外にもユーフェミアと話せる人物がいて(しかも兄妹!)嬉しくて頬を緩ませた。

「ナナリー、ユフィが分かるんだね?」
「ええ。分かるってどういう事ですか、スザクさん」
「それは、」
「ナナリー、これからはしばらく一緒に居られるわ。私も学校に行く事にしたのよ」
「本当ですか!嬉しいです」

「あのぉ……、」

ユーフェミアの声が聞こえないリヴァル達にはスザクとナナリーの会話は奇妙なものにしか見えなかった。そして、時々挟まれる死亡したはずの皇族の名前。ミレイはその響きに表情を険しくしている。耐えきれなくなったリヴァルの声に、スザクはやっと現実に引き戻された。これからユーフェミアも学校に来ることになるのだ。説明したほうがいいのだろうか。信じて、くれるだろうか。駄目元でスザクは口を開いた。






「なるほどねぇ。ユーフェミア皇女さまがここにいるのね」

事情を説明すると訪れたのは静寂だった。ナナリーも驚いた顔をしていて、他の皆も困惑で顔を歪めている。ニーナだけは瞳を輝かせていた。ルルーシュは俯いていて表情は分からない。今日のルルーシュはどこかおかしい。片目が隠れているせいで表情が分かりにくいのが原因かもしれない。いち早く、ミレイがまとめるように声を発した。ミレイが指さしたのがスザクの隣だったのでスザクは律儀に「違います」と首を振った。

「今はルルーシュの隣にいます」
「ええ!?」

シャーリーが驚いたような声を出す。思えば、ユーフェミアとルルーシュの関係なんて説明できない。事情をしらない人から見たら、ルルーシュとユーフェミアの関係は奇妙に映るだろう。まあ、見えないけど。

「ユフィ、俺は」
「ルルーシュ。自分を責めるのはやめて。良いことだってあるのよ。また、昔みたいにルルーシュ達と過ごせるわ。私を咎められる人なんていないんだから。後で、ルルーシュの家に行っていい?」
「……歓迎するよ。殺風景だけどな」
「ルルーシュの部屋には人形が一杯あるって聞いたわ。楽しみ。あのルルーシュが人形なんて」
「あれは俺の趣味じゃ……」


いつの間にかルルーシュの表情に微かに笑顔が戻っていた。ユーフェミアは日だまりのような人なのだ。ナナリーも事情を聞いても、態度を変えることなくユーフェミアに話しかける。

「ユーフェミアさま、じゃあ学園祭もこれますか?」
「もちろんよ。それと、ナナリー。昔みたいにユフィでいいのよ」
「はい。ユフィ姉さん」

姉、という響きにリヴァル達が肩を揺らすがスザクがフォローを入れる前に復活したルルーシュが「幼なじみみたいなものだ」と言葉を発した。

「なんで、ナナリーとルルーシュ君とスザク君にだけ見えるのかな」

ニーナは悔しそうに拳を握りしめる。その問いにシャーリーも首を傾げながらも何もない場所へと頭を下げた。

「えっと、シャーリー・フェネットです。はじめまして!」
「あ、俺も。リヴァル・カルデモンドです。宜しくお願いしますー!」
「お久し振りです。ユーフェミアさま。ニーナです!」

突然三人の視線がルルーシュに向けられ、ルルーシュは思わず後退した。

「今は、スザクの後ろにいるぞ」
「え!?」


いつのまにかユーフェミアは黒い羽を広げて移動している。
やはり、黒い羽は似合わない。

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