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本編沿いだけど魔法が一般的に存在する世界の話。





「タイムマシン、乗ってみませんか?」


生徒会室で突然ニーナが発した一言にルルーシュを含めた生徒会メンバーは目を丸くした。タイムマシンというと、時空を自由に行き来できる夢の乗り物だ。魔法使いが存在するこの世界でも、時空の移動という高度な事は出来ない。せいぜい、手からちょっとした火を出したり出来る程度だ。魔法の力はどんどん衰退していく代わりに、科学の力が注目され始めている。昔は軍の主力となっていた魔法使い達は減少し、今ではナイトメアという科学平気が前線で大活躍しているといった現状だ。古代の魔法をその身に宿らせたルルーシュにしてみれば情けない、といった印象だがこれも時代の流れなのだろう。ルルーシュが宿している魔法がギアスといい、CCという謎の人物から譲り受けたものだ。長年続くブリタニア皇族の血は、高い魔法適正をもっているらしい。考えてみれば、幼少の頃はルルーシュにとって魔法はとても身近なものだった。日本に送られて、一般の生活に混じってみればいかにあの空間が異常だったのかが分かる。かくれんぼのために異次元空間を呼び出したりなんて、思えばなんて無駄な魔力の使い方だろう。しかし、今のルルーシュはギアスという与えられた力を除けば物を浮かす程度の魔法しか使うことが出来ない。歳を取るにつれて、魔力は減少していき成人を迎える頃には消えてしまうのが一般的だ。
よって、一般人より高い魔力を持っていたニーナはすべて失ってしまう前に研究を急いだという訳だ。持ち前の優秀な頭脳を使って。ユーフェミアさまにお見せする前に安全かどうか確かめないと、なんて呟きが聞こえた気がするがルルーシュ以外は気が付かなかったようだ。

(俺たちは実験台か)

ニーナにとって憧れの女神様らしいユーフェミアと生徒会メンバー。どっちの比重が大きいかなんて、確かめるまでもない。ミレイ達はニーナの持ってきたヘッドフォンらしきものを物珍しそうに触っている。あれがタイムマシンだろうか。イメージと大分異なる。


「肉体を飛ばすのはまだ難しいの。精神だけなら好きな年代に送れるみたいなんだけど、誰か試してみない、かな。私は調整があるから行くわけにもいかなくて」

申し訳なさそうにニーナは声のトーンを下げた。だが、強い意志を込めた瞳がルルーシュ達を見据えている。ニーナがタイムマシンの研究を始めたのはユーフェミアの一言からだ。なにかのインタビューで昔の思い出について聞かれたとき「あの頃に、戻れたらいいのに」と切なそうに目を伏せながら、涙を堪えて語っていたのが発端らしい。(これはミレイ経由で聞いた)それだけの事で、歴史的発明をしてしまうニーナは侮ってはいけない存在だと思う。


「それって、過去にも行けるの?」
「うん。といっても行けるのは過去だけなんです……未来は時空軸を特定するのが難しくって」

過去、という単語を聞いてカレンの顔が輝いた。ブリタニアに占領される前の日本を思い出しているのだろう。カレンは無意識に伸ばしかけていた腕を、途中で気が付いたようで慌てて下げた。どこに行きたい、と聞かれて占領前の日本だなんてこのメンバーの前では言えないだろう。中毒性もなく、安全なリフレインみたいだ、とルルーシュは思った。ルルーシュだって、この場ではどこに行きたいかなんて答えられるはずがない。母親が生きていた時代。アリウスの離宮。戻れないから、ルルーシュは戦っているのだと言うのに。
他の皆も、タイムマシンなんて夢のようなものに興味はあるものの戸惑い気味だ。ニーナは焦れたように辺りを見回す。誰も名乗りでない……すると、


「僕、試してみたいんだけど、いいかな?」
「スザク?」


ルルーシュが訝しげに眉を顰めるが、スザクはそれに笑って応える。


「七年前の、まだ日本だった頃の時代。夏、ぐらいかな」


スザクが確認を取るようにルルーシュの顔を窺う。七年前、夏。思い浮かぶのはただ一つ。ニーナは日本、という響きに微かに表情を歪めたが「七年前、」と確認するように呟いてキーボードを打ち始めた。実験の方が大事だと思ったらしい。


「それって、スザクしか行けないの?」
「メインの機械をスザク…君につければ、後は何人でも平気な筈なんだけど、」


ニーナがキーボードを打ちながら、近くの机に置いてある小さいイヤホンのようなものを指さす。スザクは言われたとおりにヘッドフォンのようなものを装着した。カレンはすかさず、イヤホンを耳につけた。

「カレン?」

シャーリーが不思議そうな声を出すが、カレンは曖昧に笑って面白そうじゃない、と笑顔を浮かべる。日本、という言葉に惹かれたに違いない。カレンにつられて、シャーリーもイヤホンを身につけた。やはり興味はあるらしい。リヴァルもイヤホンを取ろうとしたところで、それより早くスザクの手がイヤホンを掴んだ。あ、とリヴァルの声が聞こえると同時にルルーシュに向かって飛んでくる。

「ルルーシュ!」
「ああ……有り難う」


用意してあるイヤホンは3つだったらしい。リヴァルが何かを叫んでいたが、段々と意識が遠のいていく。「俺も行きたかったー!」「リヴァルは私とお留守番かあ。不満?」「え、会長も?」途端に叫びは聞こえなくなっていた。意識が遠くなる。ゆらゆら、ゆらゆら。CCと契約した時とどこか似ている気がした。何も、見えなくな―――










「ルルーシュ、起きて!」
「ん……スザ、」


意識が浮上してくると同時に、懐かしい匂いを感じた。じりじり、と肌が焼けるように暑い。もう一度揺さぶられて、ルルーシュは完全に目を覚ました。辺りは見渡す限りの山林。懐かしい、ここは枢木の敷地内。


「ルル、起きた?」
「シャーリー、それにカレンも」

立ち上がると、心配そうな顔をしたシャーリーと日射しに眉を顰めているカレンが目に入った。スザクはというと、ルルーシュが起きたのを確認すると辺りを不思議そうに見回している。田舎にアッシュフォード学園の制服の男女が四人。明らかに浮いている。

「こんなに目立つところにいたら不味いんじゃないか。多分、いまはブリタニアとの緊張状態で見つかったら面倒な事になると思うぞ」
「え!どうしよう……」
「―――大丈夫よ」

慌て始めたルルーシュとシャーリーを諫めるようにカレンは声を発する。そんな根拠がどこに、と反論しそうになったルルーシュはカレンの行動に言葉を止める。カレンは目の前に木があるにもかかわらず、それを通り抜けてしまったのだ。え、とシャーリーもその光景に目を丸くしている。なんで!幽霊みたい!とシャーリーが叫ぶのをルルーシュは小さく同意した。そして、血が脳まで巡ってきたのかルルーシュは冷静に分析を始める。これは、タイムマシンではないんじゃないだろうか。そう考えると、装置にもなんとなく納得がいった。


「これはタイムマシンというより、誰かの記憶の中に入る装置じゃないか?俺たちは何も触れる事ができないし、この時代に干渉できないという事だろう。当たり前か、これはスザクの記憶なんだからな」


スザクの方に目を向けると、スザクは未だに辺りを見回していた。懐かしい、とか嬉しい、とかスザクに浮かんでいる感情はそんな単純なものじゃなさそうだった。スザク、と声をかけるとスザクは突然叫んだ。


「あ、ルルーシュだ!」
「え?嘘!?」


シャーリーが悲鳴のような声を出しながら、スザクの視線の方へと顔を向けた。カレンはあまり興味が無さそうだ。期待はずれ、といったような顔をしている。ルルーシュはゆっくりとスザクの視線の先へ目を向ける。ここはスザクの記憶の中ならいるはずだ。

「やめてぇ!」

今度ははっきりと悲鳴と分かるような声をシャーリーは発した。そして、スザクと共に走り去っていく。ルルーシュとカレンはその場に取り残された。なんなんだ、一体。その疑問は過去の自分の姿を見て解消された。


「―――この、ブリタニアが!」


よりにも寄って、こんな記憶か。ルルーシュにとって、あまり幸せではない場面だ。確かに犬も歩けば棒に当たる、という風に一人で歩くたびにルルーシュは襲われていたのでスザクの記憶にはよく残っているのだろう。数人の子供による殴る、蹴るの暴行。ころころ、と梨が買い物カゴから転がっていく。暴行は一方的で、子ルルーシュ(ややこしいのでこう呼ぶ事にする)は反撃することもなく流れに身を任せている。今客観的に見ても酷い光景だ、とルルーシュは他人事のように思う。過ぎた過去の事だ。隣に居たカレンは目を見開いて、過去のルルーシュと今のルルーシュを交互に見つめる。ルルーシュはそんなカレンに肩を竦めた。すると、カレンの表情が強ばる。何か言おうと思ったとき、叫び声がルルーシュの耳に届く。


「やめてよぉ!あなた達、やめてよ!」
「やめろ!なんで触れないんだ!ルルーシュ、大丈夫!?」

ああ、とルルーシュは頭に手をあてた。スザクはともかくシャーリーは干渉できないという事を説明したのに。スザクとシャーリーは子供達を止めようと子ルルーシュを守るように立ちはだかるが意味を成さない。その間も続く暴行。既に子ルルーシュはボロ雑巾のようだ。スザクはその光景に思いっきり顔を歪め、シャーリーなんか泣きそうだ。記憶の中なんだが、どうにも出来ないが過去の自分は思わず(自分でいうのもなんだが)庇護欲を注ぎそうな姿をしていた。瞳だけが鋭い生気を帯びていて、子供達を怯ました。だが、火に油を注いだだけのようで「生意気だ」と続けられる暴行。「やめてよ、やめてって、」シャーリーが自身の身長の半分にも満たない子供へ向かっていく。そして、通り抜けることを繰り返していた。酷い、光景。でも、あのころは確かにルルーシュは幸せだった。なぜなら、




「―――何してるんだ、お前達!」
「げ、スザク!?」


「スザク君!?」「あ、僕だ!遅いよ!」スザクとシャーリーは口々に叫んだ。突然現れたくるくるとした茶色の髪を持つ子供は、子供達が何かを言う前に腕を振り上げる。ぼこ、ばき、どこ、なんて効果音が聞こえそうな程に鮮やかに相手を再起不能にしていく。ちらり、と子スザクは倒れている子ルルーシュを見た。その様子に、今のスザクの同じ様に顔を歪めて主犯格だと思われる子供と対峙する。「ま、まてっ―――」子スザクは相手の言い分も聞くことなく、主犯格の子供の腕を掴み―――投げた。

どすん、と投げられたと同時に他の子供は蜘蛛を散らしたように逃げていく。投げられた子供を涙目になりながら、体勢を整えると一目散に逃げていく。スザクの圧勝だった。


「よ、よかった」

シャーリーは目元を抑えながらその場に座り込んだ。ルルーシュは呆然としているカレンを促して、スザク達の元へ向かう。

「ルルーシュ……もうちょっと早く助けに来ればよかったのに、ごめん」
「なんでお前が謝るんだよ。それにこれはもう過去の事、」


「―――馬鹿野郎!」


ルルーシュの言葉の途中で、子スザクが大声で怒鳴り始めた。その剣幕にびくり、とスザク以外の皆が肩を震わせた。このギャップはある意味心臓に悪い。そんな事を思いながら、ルルーシュはスザクと子スザクを見比べた。見た目はあんまり変わっていないのに中身が大違いだ。

「お前、一人で出歩くなってあれほど言ったのに、馬鹿かお前は!」
「ナナリーが梨を食べたいって言ったんだ。君を待っていたら日が暮れてしまうだろう」
「少しは学習しろよ!また梨が台無しだ。お前やっぱり馬鹿だ」
「君に言われたくないな。少なくとも君よりは……、どうした?」

肩を震わせ始めた子スザクを子ルルーシュは訝しげに見据える。子ルルーシュの顔には至る所に傷が浮かんでいて、痛々しい。子スザクは答える代わりに子ルルーシュの腕を強く引いた。

「……スザク?」
「梨、ナナリーが欲しがってるんだろ。お前じゃ頼りにならないから俺が付いて言ってやる」


ぐいぐい、と怪我人にもかかわらず強い調子で腕を引く子スザクの不器用さにルルーシュはこみ上げてくる笑いを抑えきれずに笑い出す。スザクは照れたように、笑っているルルーシュを複雑な表情で見つめている。いつの間にかシャーリーの隣に移動していたカレンは顔を見合わせて笑い合った。

「ルルとスザク君がどうして親友なのか分かった気がする。ありがとう、スザク君」


カレンは言葉を発することは無かったが、シャーリーの言葉に頷いていた。







次に気が付いたときには、ミレイ達が心配そうにルルーシュ達の顔を覗き込んでいた。タイムマシン(仮名)の効果は十分程度らしい。ルルーシュ以外のメンバーはまだ目が覚めないらしく思い思いの格好で横たわっていた。


「どうだった?随分楽しそうな表情してるけど」
「ええ、楽しかったですよ。懐かしい気持ちを思い出しましたから」


あの頃はスザクがいて、ナナリーがいるだけで幸せだった。今もその状況は変わらないのに、平和な世界まで欲しがるなんて自分は欲深くなってしまったのだろうか。これから起こる、大きな時代の変化の前にルルーシュはただ思い出を噛みしめていた。
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